自転車でひき逃げ
ヨミウリオンラインで偶然に見たニュースで知った。
庶民の足の自転車で73才の女性がひき逃げされたらしい。
自分も自転車が大好きなので、なんとも悲しいことだと胸にこたえた。地球に優しいとか体に良いとか、自転車がみんなに愛される理由はたくさんある。とても自由な乗り物で自転車は単なる足ではなく、友達のように感じている。
記事には「自転車の事故で人が亡くなるケースはあまりきいたことがない」ということだったが、ことは頻度の問題ではなく、モラルの問題だと思う。
事故を起こしてみてはじめてことの重大さに気付く。そして、逃げる。
確かに事故を起こすつもりで乗り物に乗る人はいないのだろう。偶然だと言うことも言えると思う。でも、あり得ないとは決して言えないなら、事故を起こすかも知れないと常に考えておくべきだ。
ここまでかいてみて、事故を起こすかどうかという観点ではなく、何かおきて、自分の手に余ってしまったら、簡単に投げ出したり、逃げ出したりするというモラルの問題だと言うことに思い至った。
ゲームで言うところのリセットだ。まるでそんな感じを受けている。
リセットすればすぐにやり直せる。でも、実際の現実はそんなことはあり得ない。
問題を後回しにしてみても、目の届く範囲から遠ざけてみても、なくなったと思うのは完全な錯覚で、解決にもなにもならない。
ゲームにたとえるなら、失敗をしてリセットしても、同じような失敗を何度も違う場面で繰り返すことになると言うわけだ。そのたびにリセットして、はじめて気がつく。
このゲームはクリアできないことに。
クリアできないことをあらかじめ想像するよりは、なぜ失敗したのかを真剣に想像する力を育てることのほうが大切だと言いたい。
事故が起こることを想像できないことも許そう。事故が起きたあとの責任の重大さを想像できないことも許そう。でも、逃げれば何とかなると想像することだけは許せない。
人は必ず失敗する。うまくいくことの方がまれだ。
人というか…自分はバカだから、失敗しないとついつい、このことを忘れてしまう。
このことを忘れると失敗するように、運命づけられているのかもと思うことがよくある。
自転車も乗れるようになるまでには何度も転んだ。乗れるようになったって、なれないウチは、また転んで、痛い思いをしたはずだ。
でも…
いたい思いをして乗れるようになったことを、人はスイスイ自転車に乗っていると忘れてしまう生き物のようだ。
電動自転車のむちゃな運転の問題も、歩行者と自転車の棲み分けという問題もまさにこれから考えなければならない問題だよね。
また痛い思いをしなくちゃならない時期になったのかも知れない。
痛い思いをしないと上手くならない。自転車のことだけじゃなくてね。
……
今回のことはとても胸が痛いことだから決して、ムダにするわけにはいかない。
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コメント
逃げるのは別として、自転車対歩行者の事故は増えてますから宇都宮みたいに早いうちに路肩に自転車レーンを作って歩行者と自転車を分離しないといけませんね。
そうしないと団塊の世代が高齢者になった時に今以上に事故が増えると思います・・・
投稿: 職人気取り | 2009年6月 9日 (火) 10時14分
コメントありがとうございます。
自転車はやはり気軽に乗りたいですね。
自分の前の記事になりますが、こんなふうにも考えています。
フル電動自転車はどうなの?
よければ読んでみて下さいね。
投稿: ブログ主 | 2009年6月 9日 (火) 12時01分